ULTIMATE-Subaru計画とは
ULTIMATE-Subaru計画 (Ultra-wide Laser Tomographic Imager and MOS with AO for Transcendent Exploration)は、すばる望遠鏡が天文学の最先端を走り続けるための大規模な望遠鏡アップグレード計画です。天空上の広い視野にわたって大気ゆらぎをリアルタイムで補正する次世代補償光学技術を導入することで、かつてない広さと感度、そして宇宙望遠鏡のようにシャープな観測を実現し、宇宙の誕生と進化の謎に挑みます。現在ULTIMATE計画は国立天文台の「Aプロジェクト」と位置づけられ、国立天文台ハワイ観測所、東北大学、東京大学を中心に、オーストラリア、台湾との国際協力によって、本計画実現の鍵を握る補償光学システムと新しい広視野赤外線観測装置の開発検討が進められています。
ULTIMATE-Subaruの特長
ULTIMATE-Subaruでは、地表付近の大気ゆらぎを補正して星像を改善する地表層補償光学(Ground Layer Adaptive Optics: GLAO)の技術によって、従来の補償光学に比べて格段に広い視野を実現することができます。すばる望遠鏡のあるハワイ島マウナケアは、GLAOに最適な大気条件で、Kバンド(波長2ミクロン帯)において標準的な気象条件で0.2秒角の空間解像度を実現できます。これはハッブル宇宙望遠鏡や2020年代中盤に打ち上げが予定される米国NASAのNancy Grace Roman Space Telescopeとも同等の解像度です。GLAOによる星像改善によって点源検出感度も向上し、視野拡大と合わせてサーベイ効率が桁で向上します。またULTIMATE-Subaruで実現される近赤外線での高い観測能力は、銀河進化の研究にとどまらず天文学のさまざまな分野にブレークスルーをもたらすとともに、我が国独自のユニークな観測ターゲットをTMTへ供給します。
ULTIMATE-Subaruが目指すサイエンス
夜空に浮かぶ美しい銀河は、いつ、どこで生まれ、その後どのように進化して現在の姿を獲得したのでしょうか?銀河系とよばれる一つの銀河に住む私たちにとって、その銀河系のすがたを詳細に理解し、銀河の進化史を解き明かすことは私たち自身のルーツを探る根源的な研究テーマです。遠方宇宙の観測とはすなわち過去の宇宙を調べること。過去の宇宙へと時間を遡る壮大なタイムトラベルです。以下では、現在ULTIMATE-Subaruのサイエンスチームで検討されている科学目標を紹介します。
前人未到の超遠方宇宙への挑戦
まだ誰も見たことのない宇宙をこの目で見たい。もっと遠い天体を見つけたい。そして宇宙で最初に生まれた天体にたどり着きたい。これは天文学者の夢であるだけでなく、現代を生きる私たち人類のロマンでもあります。ULTIMATEは、最果ての宇宙に挑む計画です。すばる望遠鏡はこれまでも宇宙の広域探査で世界をリードしてきました。赤方偏移6〜7(約130億年前の宇宙)に多数の天体を見つけ、これまでに何度も最遠方天体の記録を塗り替えてきました。ULTIMATEでは、近赤外線(特に2μm帯)での高い感度を生かし、2020年代に打上げが予定される欧米の近赤外線宇宙望遠鏡計画(EuclidやNancy Grace Roman Space Telescope)とタイアップする事で、赤方偏移10を超える宇宙に銀河を多数見つけ出し、宇宙初期の天体形成を観測的に解き明かします。
銀河の進化史を解剖する
銀河の画像を見て「美しい」と思ったことがある人は多いでしょう。でも、銀河がどのようにその美しい姿を獲得したのか、考えてみたことはありますか?ULTIMATEは宇宙の歴史を遡り、銀河の形成と進化の歴史をシャープに描き出します。最近の研究によれば、100億年以上前の宇宙にすでに現在の宇宙でもっとも重い銀河に匹敵するような巨大な銀河が存在することが分かってきました。ULTIMATEでは近赤外線広視野カメラに多彩なフィルターを搭載して初期宇宙で大質量銀河の形成現場を捉えます。また遠方銀河を見つけるだけでなく、ULTIMATEならその高い空間解像度を生かして、個々の銀河の内部構造まで明らかにすることができます。また、近傍銀河の観測では巨大分子雲のスケールへ、銀河系の近傍天体であれば個々の星々にまで分解して、銀河内部で起きている物理現象が手に取るように分かります。ULTIMATEはさまざまな時代の銀河を徹底解剖し、銀河という天体の素性を明らかにします。
初期宇宙の爆発現象を捉える
静寂に見える宇宙も決して止まっているわけではありません。宇宙のいたるところで様々な爆発現象が起きています。ULTIMATE-Subaruで広視野・高感度のモニタリング観測を行うことで、超遠方宇宙で起きる超新星爆発を捉えることができるかもしれません。超新星には超高輝度超新星(superluminous supernovae)や対不安定型超新星(pair-instability supernovae)とよばれる特別に明るく輝くタイプがあることが知られていて、ULTIMATE-Subaruを使えば赤方偏移6を超える宇宙でこれらを発見できると期待されます。発見される超新星のなかにはいわゆる「種族III星(Population III)」の星の爆発も含まれていると期待されます。ULTIMATEが見つける超新星はさらに将来、TMTによる格好のフォローアップ対象となります。ULTIMATE+TMTで初代星の性質を明らかにする日がやってくるのです。
天の川銀河の形成と進化、そして星の一生を究める
ULTIMATEの特長である近赤外線での広視野・高解像度の観測能力は、銀河系中心や銀河面、さらに銀河系内の星形成領域のように星が混み入った領域や塵に深く埋もれた領域の観測で威力を発揮します。銀河系中心(バルジ)領域の広視野モニタリング観測からは、「マイクロレンズ」と呼ばれる手法で恒星質量ブラックホールを見つけ出し、また恒星の位置情報(アストロメトリ)から中間質量ブラックホールを同定できると期待されます。また銀河面に沿ってULTIMATEで広域に探査することで、これまで星密度が高くて分解できていなかった様々な種族の星を個別に検出し、主系列星、激変星、超新星残骸やOH/IR星などの研究も飛躍的に進むことが期待されます。さらに銀河系内に分布する星形成領域の系統的な観測から、さまざまな環境下での初期質量関数(IMF)を調べ上げ、その普遍性や環境依存性を明らかにすることができます。このようにULTIMATEは赤外線域での広視野・高解像度観測が鍵を握るすべての研究分野で新しい時代を切り拓きます。