開発計画
ULTIMATE-Subaruでは、近赤外線の波長帯で「広視野・高感度・高解像度」の3拍子が揃ったサーベイ観測の実現を目指しています。これを実現するうえで鍵を握るのが、地表層補償光学(GLAO)です。GLAOは、地球大気による光波面の乱れをリアルタイムに補正し、望遠鏡で観測する星像の中心集中度を大幅に向上させる補償光学の1つの手法です(補償光学についてはこちらのページもご参照ください)。従来の補償光学では、1つの波面参照星を使って望遠鏡の回折限界に迫る高い空間解像度を得ることができました。しかし、大気揺らぎの強さが、望遠鏡の見る方向によって異なるため、参照星の周辺約1分角程度の狭い領域しか星像を改善できないという制限がありました。GLAOでは、複数の波面参照星の情報を使って、高度約100メートル以下の地表に近い大気層(地表層)の揺らぎだけを測定し補正します。地表層の揺らぎは、望遠鏡が見る方向によって大きく変化しないため、広い視野に渡って星像を改善することができます。高層の大気揺らぎは補正できないので、回折限界に迫る分解能は達成できませんが、すばる望遠鏡のあるマウナケア山頂では、地表層の揺らぎが支配的であることが知られており、地表層の揺らぎを補正するだけで、視野直径20分角にわたりハッブル宇宙望遠鏡に迫る0.2秒角の空間分解能が得られると期待されています。右上はGLAOの概念図です。複数の波面センサーを用いて、地球大気のうち地表に近い層の揺らぎのみを取り出し、望遠鏡の副鏡部に搭載した可変形副鏡を高速で変形させ、広視野に渡った揺らぎ補正を実現します。揺らぎを測定するための参照星としては、高出力のレーザーを用いて複数の人工星を望遠鏡の視野周辺に作ります。
ULTIMATEでは、最大14x14平方分角(対角~20分角)の視野をカバーする世界最大のGLAOをすばる望遠鏡に搭載するための検討を進めています。GLAOを構成する主要な構成要素としては、主に光波面を測定する波面センサー、波面を測るための参照光源を人工的に生成するレーザーガイド星生成システム、波面を測定するための波面センサーユニットがあります。すばるGLAOでは、広い視野に渡って揺らぎを補正するために、望遠鏡の入射瞳に相当する副鏡部分を可変形鏡化する可変形副鏡を搭載します。可変形副鏡は、直径1.26メートルで厚さ2mmの薄い鏡の裏に924本のアクチュエーターを搭載し、鏡の形状を1 kHz以上の高速で変形させる事ができます。レーザーガイド星生成システムでは、波長589ナノメートルの高出力のレーザーを望遠鏡から上空に向かって照射し、高度約90kmの高層大気にあるナトリウム原子を励起させ、人工の波面参照星(レーザーガイド星)を作ります。すばるGLAOでは、望遠鏡の側面から4本のレーザーを照射し、4つのレーザーガイド星を作ります。 4つのレーザーガイド星からの光は、望遠鏡の焦点面付近に搭載した4つのシャックハルトマン波面センサーに導かれます。 波面センサーユニットでは、4つのレーザーガイド星からの光以外に、レーザーガイド星では測れない低次の波面誤差を測定するための4つの自然の星の光を使い、合計8個の波面センサーにより波面測定を行います。測定された波面測定データは、リアルタイム計算機に送られ、地表層の揺らぎだけを取り出し、それに合わせて可変副鏡の形状を変形させます。このような測定、補正のループを0.5~1.0 kHzのサイクルで行います。波面センサーユニットは、すばる望遠鏡のカセグレン焦点、ナスミス焦点にそれぞれ搭載され、それぞれの焦点に搭載された観測装置にGLAOによって大気揺らぎが補正された光を提供します。
ULTIMATEでは、すばる望遠鏡においてGLAOと共に用いる観測装置の検討も進めています。まず、既存の広視野近赤外線撮像分光装置MOIRCSを、GLAOのコミッショニング時期に合わせてカセグレン焦点からナスミス焦点に移設します。MOIRCSは、GLAOのコミッショニングのための装置として使う他、撮像モードによる初期サイエンス、多天体分光モードによる世界最高感度の近赤外線分光サーベイを行います。また、カセグレン焦点には、最大視野14x14平方分角を持つGLAO専用の広視野近赤外線撮像装置(Wide-Field Imager, WFI)を搭載し、ULTIMATEの旗艦装置として、大規模な広視野サーベイ観測を展開します。観測装置の詳細は、こちらのページもご参照ください。
最後に、ULTIMATEが提供するのは広視野の観測能力だけではありません。GLAOで開発する補償光学システムでは、レーザーガイド星を空の狭い領域に集中させ、その領域の大気揺らぎを完全に補正することで可視光から近赤外線までの広い波長域で望遠鏡の回折限界に迫る高い空間分解能が得られる狭視野モード (LTAOモード)も実装する予定です。このモードを利用して点源への感度を極限まで高め、狙った天体について可視光から近赤外線まで同時に分光できる新しい高感度・広帯域分光装置のアイデアなども提案されています。すばるは決して「広視野サーベイ」一本槍の望遠鏡ではなく、多彩な機能を備えた世界一の望遠鏡であり続けたい。そのためにもULTIMATEの実現が期待されているのです。