研究者向け ULTIMATE-Subaruプロジェクト概要
ULTIMATE-Subaru計画は、すばる望遠鏡に次世代広視野補償光学システム(GLAO)および広視野近赤外線観測装置を開発し、2020年代以降のすばる望遠鏡における近赤外線での観測能力を大幅に向上させることを目指すプロジェクトです。マウナケアはGLAOに最適な大気条件と考えられており、Kバンドの平均的な大気条件においてFWHM=0.2秒角を達成できると期待されます。 ULTIMATEではプロジェクトの立ち上げ以来、観測装置計画についてサイエンスコミュニティと議論を重ね、視野直径約20分角をカバーする広視野近赤外線撮像装置(WFI)をULTIMATEの新しい主力装置であると結論づけました。2016年2月の国際外部評価と2018年10月のULTIMATE GLAOシステムの概念設計審査を受け、ULTIMATEではプロジェクトの実現に向けて以下のようなフェーズ・アプローチで開発を進めています。2019年度からは国立天文台のAプロジェクト(すばるGLAOプロジェクト)として正式に発足し、さらに2022年度からは「すばる2計画」の柱の一つとして、開発計画を加速しています。
フェーズ 1 : GLAOシステムの開発を完了し、MOIRCSを赤外ナスミス焦点へ移設したうえで、ULTIMATEのファーストライト装置として使用します。 ULTIMATEフェーズ1(GLAO + MOIRCS)の目標は、(1)ULTIMATEフェーズ2に向けた準備作業としてGLAOによる撮像を使用した先行研究、および(2)GLAOの感度向上のための高赤方偏移銀河の多天体分光観測です。
フェーズ 2 : GLAOに続いてWFIの開発を完了し、GLAO + WFIの広視野・深撮像機能を最大限に活用した大規模なサーベイプログラム(Subaru Strategic Program; SSP)を実行します。現在サイエンスチームでは、科学成果を最大化するためのサーベイ観測の計画と検討を進めています。ULTIMATEフェーズ2の特徴は、特にKバンドにおいて多彩な(1)狭帯域(2)中間帯域(3)広帯域フィルターを搭載し、広視野かつ約0.2秒角の高い空間分解能を実現できることです。右の図は、今世紀に行われたKバンド帯での撮像サーベイの限界等級とサーベイ面積を示しています。広視野とGLAOによる感度向上によって、Kバンド帯でかつてない広さと深さで撮像サーベイを行います。同じく2020年代に稼働する広視野赤外線宇宙望遠鏡(欧州ESAのEuclidや米国NASAのNancy Grace Roman Space Telescope)に匹敵する空間解像度を誇りながら、これらの宇宙望遠鏡にはない多彩なフィルターセットで近赤外線の多色撮像を実現します。
補償光学
ULTIMATE-Subaru プロジェクトは(1)すばる望遠鏡用の地表層補償光学(GLAO)の開発、および(2)GLAOと共に用いる次世代装置の計画と開発のパッケージです。 GLAOの開発については、2019年より国立天文台の「Aプロジェクト」として正式に承認されました。
私たちのシミュレーションによると、マウナケアの平均的な大気条件で、Kバンド帯でFWHM=0.2秒角の空間解像度を実現できると期待されています。ここに示したヒストグラムでは、ナチュラルシーイングの場合(青色)とGLAOの場合(オレンジ色)でのKバンド帯での星像サイズ(FWHM)の分布関数を比較しており、GLAOによって星像が約半分に改善することを示しています。
この図は、GLAO用の波面アダプターフランジ(WAF)の三次元設計を示しています。WAFの開発は、2025年までに赤外ナスミス焦点のプラットフォームから始まり、その後フェーズIIタイムライン(下記)と連動してカセグレン焦点での開発へと続きます。また、レーザーガイド星システム、GLAO用可変副鏡、関連システムの開発にも取り組んでいます。
観測装置
ULTIMATE-Subaruプロジェクトのもう一つの重要コンポーネントは観測装置の開発です。GLAOによってKバンド帯で視野直径20分角にわたりFWHM=0.2-0.3秒角の星像が実現されます。私たちは、このGLAOの能力を最大限に発揮できる観測装置として、以下の3つの開発フェーズ(フェーズI-III)を設定しました。
装置開発フェーズ I -- MOIRCS と NINJA
フェーズ1はGLAOのパフォーマンス検証のための装置です。この検証のために、MOIRCSをNsIRプラットフォームに移設して使用します。MOIRCSの詳細については こちらのページ もご参照ください。NsIRプラットフォームでのMOIRCSのピクセルスケールは0.105"/pixとなります。イメージング視野(FOV)は3'.6× 6'.3になり、現在のサイズよりわずかに小さくなります。MOIRCSの多天体分光機能(MOS)も利用可能となり、アップグレードされた高効率の広帯域中分散グリズムが使用されます。GLAOが提供する鮮明な画質で、既存の8-10mクラスの望遠鏡の中で最高感度のMOS分光性能が期待されます。
また、可視光から近赤外線まで同時にデータを取得できる分光器「NINJA (D-SHOOTERから改名)」と呼ばれる新しい分光装置の開発も進んでいます。NINJAでは、ULTIMATEのGLAOハードウェアを応用したレーザートモグラフィー補償光学(LTAO)と呼ばれるモードを使い、ターゲット天体に対して可視光から近赤外線までの幅広い波長域で極限まで星像改善を実現し、最高感度の分光装置を目指しています。現在、LTAOの技術実証も、東北大学と国立天文台ハワイ観測所の共同研究(ULTIMATE-STARTプロジェクト)として進められているところです。
装置開発フェーズ II -- WFI (Wide-Field Imager)
広視野近赤外線撮像装置 (WFI) はGLAOの利点を十分に活用するULTIMATEプロジェクトの主要観測装置です。装置は、0.1 "/pixのサンプリングで、14'×14'の視野を持ちます(4つのH4RG検出器使用時)。多彩な広帯域、中帯域、狭帯域のフィルターを搭載し、必要に応じてユーザーフィルターを追加して使用することもできます。ULTIMATE-Subaruプロジェクトでは、このWFIを用いて大規模な近赤外線撮像探査プログラムを計画しています。
WFIは2021年度に概念設計を完了しました。 こちらの画像は、WFI光学系デザインを示しています。WFIの仕様に関する最新情報と詳細についてはこちらもご覧ください。
装置開発フェーズ III -- 多天体面分光装置
装置開発の最終段階として、カセグレン焦点でGLAOで星像が改善される広い視野内にある複数のターゲットについて面分光観測を行う装置がオーストラリア国立天文台(AAO)によって提案されています。 この装置では「STARBUG」と呼ばれる約10個の小さなIFUが、カセグレン焦点のガラス板の表面を動き回ってターゲットをピックアップします。各STARBUGによって集められた光は、高いスループットを持つ光ファイバーを介して分光器に供給されます。ULTIMATE-Subaruのような広い視野をカバーし、かつGLAOによる高い解像度を実現できる多天体面分光装置は世界的に例がなく、初期宇宙の銀河団のような、狭い天域に複数のターゲットが群れたターゲットの分光探査において非常に強力な装置となります。
装置開発フェーズIIIの計画はまだ不確定です。ULTIMATE-Subaruを活用する新しい観測装置のアイデアがありましたら、ぜひULTIMATEチームにご提案ください。
装置仕様サマリ
現在ULTIMATE-Subaruで考えられている観測装置計画は以下のとおりです。
資料
Publication
- ♣ Minowa et al. 2020, Proceedings of the SPIE, Volume 11450, id. 114500O 12 pp. [ADS link] "ULTIMATE-Subaru: system performance modeling of GLAO and wide-field NIR instruments", Minowa, Yosuke; Koyama, Yusei; Yanagisawa, Kenshi; Motohara, Kentaro; Tanaka, Ichi; Ono, Yoshito; Hattori, Takashi; Clergeon, Christophe; Hayano, Yutaka; Akiyama, Masayuki; Kodama, Tadayuki; d'Orgeville, Celine; Rigaut, Francois; Wang, Shiang-Yu; Yoshida, Michitoshi
- ♣ Motohara et al. 2020, Proceedings of the SPIE, Volume 11447, id. 114470N 10 pp. [ADS link] "ULTIMATE-Subaru: conceptual design of WFI, a near-infrared wide field imager", Motohara, Kentaro; Minowa, Yusuke; Tanaka, Ichi; Hattori, Takashi; Koyama, Yusei; Konishi, Masahiro; Yanagisawa, Kenshi; Iwata, Ikuru; Wang, Shiang-Yu; Chou, Richard C. Y.; Kimura, Masahiko; Pazder, John
- ♣ Akiyama et al. 2020, Proceedings of the SPIE, Volume 11448, id. 114481O 18 pp. [ADS link] "ULTIMATE-START: Subaru tomography adaptive optics research experiment project overview", Akiyama, Masayuki; Minowa, Yosuke; Ono, Yoshito; Terao, Koki; Ogane, Hajime; Oomoto, Kaoru; Iizuka, Yuta; Oya, Shin; Mieda, Etsuko; Yamamuro, Tomoyasu
- ♣ Ono et al. 2020, Proceedings of the SPIE, Volume 11448, id. 114480K 12 pp. [ADS link] "Overview of AO activities at Subaru Telescope", Ono, Yoshito H.; Minowa, Yosuke; Guyon, Olivier; Clergeon, Christophe S.; Mieda, Etsuko; Lozi, Julien; Hattori, Takashi; Akiyama, Masayuki
- ♣ Minowa et al. 2020, Proceedings of the SPIE, Volume 11203, id. 112030G 2 pp. [ADS link] "ULTIMATE-Subaru: enhancing the Subaru's wide-field capability with GLAO", Minowa, Yosuke; Koyama, Yusei; Ono, Yoshito; Tanaka, Ichi; Hattori, Takashi; Clergeon, Christophe; Akiyama, Masayuki; Kodama, Tadayuki; Motohara, Kentaro; Rigaut, Francois; d'Orgeville, Celine; Wang, Shiang-Yu; Yoshida, Michitoshi
- ♣ Moriya et al. 2019, PASJ, 71, id.59 [ADS link] "Searches for Population III pair-instability supernovae: Predictions for ULTIMATE-Subaru and WFIRST", Moriya, Takashi J.; Wong, Kenneth C.; Koyama, Yusei; Tanaka, Masaomi; Oguri, Masamune; Hilbert, Stefan; Nomoto, Ken'ichi
Study Reports
♣ Second Edition (version 2016/01/13)♦ Study report [PDF] (47 MB)
♣ First Edition (version 2012/08/07)
♦ Study Report (Japanese only) [PDF] (28.5 MB)
♦ Executive Summary (in English) [PDF] (55KB)
♦ Executive Summary (in Japanese) [PDF] (690 KB)